高取さんが夢に

たったいま高取さんが夢に出てきてくれました!

夢の中で、高取さんがいない劇団の公演を、真っ赤なワンピース姿で観にいったわたくし。

クライマックスで、黒のボンテージに身を包んだ美女軍団が舞台から客席へ花火を手に手に雪崩れ込んできて!
お客さんもみんな火の粉を浴びて、ああ綺麗だな、と想いながら「高取さーん」と声を上げて泣いていて、みんなも泣いていて。
そうしたら客席の両側に吊ってあった黒布に火の粉が飛んで白煙が上がり、客だけど自分も消しに席から立って行こうとしたら、そんなことは想定内だったようで、ちゃんと劇団員が消し止めていて。

ああ良かった、とまた座り直して泣いていたらいつの間にやら客電の点いた客席の上手後方上段から高取さんが現れて「ああ川上、来たね。川上が転校(高取さんは何故か「転校」と仰いました)してきてくれたことに、何か意味があると思うんだ。ありがとう」と言ってわたしと握手をするとスーッと前の方へ行ってしまわれて、「高取さーん」と泣きながら目が覚めました。

亡くなられてからいま、初めて、漸く涙を流して泣くことが出来ました。

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ご冥福を心よりお祈りしたりなんかしちゃったりしたりして〜(C)広川太一郎

今月の3日に亡くなられていたのだそうです。享年68歳。癌でいらしたそうです。命日がうちの母と一緒。久世さんは3月2日。

・・・春なんて大キライだ。

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久世光彦とセルジュ・ゲーンズブールの共通点は

命日が一緒。本日、3/2です。

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二度と舞台に立てなくてもいいもう一文字も書けなくなってもいいからおかあさんを生き返らせて下さい

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初めて母が夢に

何故かタレントのラサール石井さんのお宅に泊めて頂いたらしきわたし。

「ボクもう出なくちゃいけないから」と、ラサールさんは迎えに来たマネージャー女史と出掛けられ。

残ったわたしが家に入ってゆくと、脱衣所の前に靴下が丸めて置いてあり、なぜか母のものだと直感したわたしが「おかあさーん」と言いながら戸を開けると、浴槽の中で母がこちら向きに水面に顔を突っ伏していて。
「お母さんっ!」と、悲鳴のような声をあげ、母の顔をあげさせ頬を叩くと「ウーン」と唸って気付いたので、何度か口うつしの人工呼吸をして、
「お母さん良かった! 今、救急車呼ぶから!」とわたしが言うと
「(救急車来るまで)5分しかないから・・・」と母 

そこで目が覚めました。
亡くなる間際の、痩せ細った姿の母でした。

目覚めて時間を見たら9:21。 
三七日(さんなのか・亡くなった日を含めて3×7=21日目)の朝、9/21生まれのわたしに母が会いにきてくれたようです。

病気が憎い。 
母はなんにも悪いことしていないのに、なんであんなに痛く苦しい目に遇わなくてはならなかったのか。

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おかあさんへ

 古稀の母新しき名もて祝ふ
  南無清和梅香信女精霊  史津子

どう? エロくないでしょ!
気に入ってくれるといいんだけど・・・(^o^;

 こきのははあたらしきなもていわう
  なむせいわばいこうしんにょしょうりょう  しづこ

真言宗で弔って頂きました。我々のようになかなかお経をあげられない者用に、副住職さまが教えて下さったのが「南無・法号(いわゆる戒名)・精霊」と七篇唱えるというものでした。「精霊」と書いて「しょうりょう」と読むのだそうです。

数えで七十歳になってから16日目に仏様のお弟子になった母に、わたしは「誕生日おめでとう!」を言わず仕舞いでした。

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帰って参りました

昨日の嵐とは打って変わってよいお天気のなか、告別式つつがなく終了いたしました。

横浜市南区の久保山斎場で母は荼毘にふされました。

お骨見たらダメだったー! 
自分からあんな声が出るなんて。聞いたこともないような声で咆哮してしまいました。

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お通夜終りました

200703060110_1
うちのママン、可愛らしいでしょo(^-^)o

清和梅香信女という素晴らしい法号を頂戴しました。
和枝の一字を使い、「お母さまも苦労がおありだったでしょうが、寒い冬を耐えて咲く梅。その清々しい香のように周りと和する方だったのでしょう」との意味を、副住職さまが込めて下さいました。

毎年お正月にお参りする、横浜市栄区にある定泉寺さんが母は大好きで、わたしの妹か弟にあたる水子ちゃんの供養でもお世話になっておりましたので、このたびも是非こちらでお願いしたいと昨日、お邪魔して参りました。

そうして副住職さまに「ユーモアを持って平等に人と接する」という母の人となりをお伝えし、この法号を授けて頂く運びとなりました。

これはお伝えしていなかったことなのですが我が家のささやかな庭には、早咲きの梅の木がありまして、偶然にも梅という字をお使い頂けたこともまた嬉しくて。

読経を聴きながら、自分でも驚くほど安らかな気持ちでいることができました。

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お団子

お団子
「13個にして下さいね」
葬儀屋さんにそう言われて、亡くなった当日の深夜、母に供えるお団子を作るべく上新粉を蒸かしました。母が結婚する時に母の母から贈られた蒸し器を使って。

1番下の段を9個、2段目を4個、てっぺんに1個。

どう考えても13個にならない・・・orz

一番下の段の中心をひとつ抜けばよいことに気付いたのは、翌夕のことでした。

日能研からやりなおせ、オレ!(>_<)

これからお通夜です。

仲良くして頂いている音楽評論家の平山雄一さんから句を頂戴しました。


 雛の日の雛のやうなる母の貌  雄一

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エンバーミング

母を湯灌で綺麗にして頂き、エンバーミングという防腐処理を施して頂きました。

「エンバーミング」と聞き、父はハテナマークでしたが、すぐに内容を把握できたわたしってば・・・(^o^;(推理小説と唐沢俊一センセのご著書のおかげ! ん? オカゲって!?)

親戚、ご近所の方、それにわたしの小学生の頃からの幼なじみの女子が二人来てくれて、
「おばさん、お化粧してるの初めて見た! 綺麗ね」
と言ってくれました。
「おばさん、いっつも元気でシャカシャカ働いていて向日葵みたいだった」
とも言ってくれました。
そのうちの一人のお嬢さんはもう中学3年生。母の死を知って泣いてくれたそうです。

そのお嬢さんが小学校に上がるとき、わたしはお祝いに不二家のケーキを持って行きました。小さな彼女はそれをいつまでも覚えていたらしく。

ある日、外出から帰った母、
「○○ちゃんのお嬢ちゃんが、わたしを見つけるたんびに『おばちゃんとこのお姉ちゃん(わたしのことね)にケーキもらったよー!』って、大っきな声で言うのよ!」
と、嬉しそうに話してくれました 母ちゃん、ちっちゃい子、大好きやね~ん♪

あああ孫の顔見せられなかったよー! ほんとにごめんよー!

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