痛いトコロを

namunamu

小千谷・専正寺さんのお言葉。ナ~ム~(°人°)

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さぁ、始まりました!

ばぁちゃんの「台所入らねば」攻撃! ばぁちゃあん! タッタ今、夕飯済ませたトコだてー(;_+)。
食後ころりと横になったかと思うと、5分置きに「寝てらんねぇ、米研がねば」ですからねぇー、タマリマセン・・・(>_<)


実はさっき父が祖母を小突いたため、よろけた祖母は風呂場の前で仰向けにひっくり返りました。ぶつかったガラス戸がビリビリ震えて凄い音と祖母の悲鳴がして・・・。
腹を立てたわたしと父の間で言い合いになり、そうすると激昂した声を聞いていた祖母は益々ワケがわからなくなります。


「ばぁちゃーん、支度わたしやったよー! 全部すませたからー!」
「済んだかね? そうかねー・・・」
「終わってるからー! 寝ててえーからー!」

一旦は納得して横になってくれるのですが、今日は父に泣かされたせいか何度も何度もです。

何度ものやりとりの中で、下着を替えさせる事に成功! そうしたら、
「おめぇさんもここ横んなれ」と、ばぁちゃん。

ハイハイと従うと、自分の枕を外してわたしにあてがい、デフォルトで搭載されている“孫に布団掛ける機能”も発動されました(笑)。
わたしが横になったのを見て安心したのか、ばぁちゃん少し笑って漸く落ち着いてくれました~。 

さて、何時間保つことやら・・・(苦笑)。


【追記】なんと! 翌朝は一度手洗いに立っただけでその後、自分からまた寝付いてくれました〜\(^O^)/ ヤッタネ♪

soine

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ウマかった〜\(^O^) /

「ヤスダヨーグルト」のDRINK YOGURT。 

濃い! 美味い! 感動した~♪ ばぁちゃんとわたしでペロリでした(^O^)

新潟の酪農発祥の地、安田町(現 阿賀野市)でつくられているそうです。

イイお値段でしたが(;^_^A 横浜帰ったら探してみよっと♪ウマー!!!

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うつしみ

utsusemi

空蝉やなりたき姿描けたか
   その夢の扉よ背の細き隙間よ      史津子

うつせみやなりたきすがたえがけたか
   そのゆめのとよせのほそきすきまよ   しづこ

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寝かしつける

ばぁちゃん今朝5時に目を覚まし、布団上げようと押し入れの戸をガタガタガタガタ。

父は気付かず寝込んでいる。大声出されず良かったヨカッタ。

「ばぁちゃん、まだ寝てな~」と呼び掛けるも、ばぁちゃん理解せず。

トイレに連れていく。
小さい方を拭いた後の紙を、ポケットや懐中に大事に仕舞い込んでいることについ昨日気付く(>_<)。サスガに、
「ばぁちゃんそれダメ! 捨てて!」と大声になる。

トイレ済んだら大人しく寝てくれた。わたしもも、ちょっと寝よ・・・。

茄子の花@裏庭

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みつあみo(^-^)o

昨夜はばぁちゃんにみつあみしてもらいました~o(^-^)o

その少し前、台所からばぁちゃんの身も世もない悲鳴が。
なにか余計な事をして、父が手を上げてしまったらしいのです。

わたしは怒鳴り声や泣き声が大の苦手で(たとえそれが自分に向けられたものでなくとも)この状況に殆ど泣きそうになっておりますが・・・。

ばぁちゃんに気を紛らわせて貰おうと(わたしも、か)ラプンツェルを買って出たわけです〜。

ばぁちゃんわたしの髪と30分余りの大格闘!

「へぇ、するするしていっこ(一向に)留まらんが。ダメらねぇバカんなって・・・(ばぁちゃん、自分に対して云っております)」

どうやら父にぶたれた事、忘れた様子(ホッ)。

痴呆症(敢えて以前のこちらを使います。認知症なんて口当たりの良い言葉はピンと来ません)は嫌な思いを引き摺らないためでは?
そんな風に思わずにはいられませんでした。

rapunntuxeru

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専正寺さん

ただ今お墓掃除中~(^-^) ピカピカになりました♪

ohakanite


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大美人

昨晩、父の迎えの車で小千谷の祖母宅へ着きました。

父は祖母も一緒に車で連れて来ようとしたのですが、祖母は嫌がって乗らず。
到着した時、祖母は玄関の上がりがまちに小さなオレンジ色の灯りを一つだけ点けて、外を向いてちんまり座っておりました。

声を掛けてもわたしの事は全く判らない顔で、今年の正月一緒に過ごした時よりも認知症が進んだ事は明らかでした。
仕方ありません。一緒に住んでいる父の事すら
「ドチラ様で?」なのですから。

耳がますます遠くなっていたので、そうだ前にわたしの本を見せたら、わたしの事がワカッタなぁ・・・。
思い出し、歌集に載っている顔写真を見せ、

「ばぁちゃん、コレわたし! しづこだよ!」

耳元で叫ぶようにして伝えたところ、

「・・・これオメェサンかねー まぁ~美人らねぇー 大美人(おおびじん)らねぇー」

思わず、

♪モッスッラー、ぃやっ

・・・唄いそうになってしまいました(^-^)

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着いた~\(^O^) /

越後湯沢で鈍行に乗り遅れたので(;^_^A
(タッチの差で2時間待ちに・・・)
特急の金沢行きに乗り、十日町の叔父宅まで父に車で迎えに来て貰いました。

みなさま、新潟・十日町にお越しの際は「焼肉かしわ」へお立ち寄りを~\(^O^)/

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小千谷にて・その9

ある日、祖母が大事な物をいつもとは違う場所へ仕舞い込んでしまったらしく、父が祖母に声を荒げました。可哀想で聞いていられなかったのですが、父の気持ちも解からないではありません。何度言って聞かせても、すぐに忘れてしまう祖母。病気だから仕方の無い事は父も承知しているのですが、一人で毎日面倒をみなければならないストレスがそうさせてしまうのです。

忘れる事は、別の見方をすれば、“天からの贈り物”とも言えるのでは? 今回の帰省で、そう思わされました。
祖母が呆け始めたのは、祖父が亡くなった事がきっかけでした。昨年は息子二人にも先立たれ、その耐え難い悲しみを忘れていられるよう、呆けが進んだのではないかと。これは今回わたしの亡き叔父の家を皆で訪ねた時、その遺影を見た祖母が「○○(←叔父の名です)は死んだのか? なんでオレより先に死んだか・・・」とオイオイ泣いたのを見て気付いた事です。

父が部屋から離れるのを見た祖母は、わたしに向って、
「オメェさんみてぇな優しい子が、ずーっとオラんとこ居てくれればいいろー」
「・・・バァちゃん、お父さん、怖い?」
「お父さん、オメェさん達には、怒鳴ったり、怒ったりしねぇか?」
逆に聞かれてしまいました。わたしは努めて明るく、
「そうでもないよー。バァちゃんが聞こえないと思って、大きな声出すんじゃないかなー?」

祖母は応えず、“そうじゃない”という顔をして、寂しく笑っておりました。

自分はなんと無力なのでしょう。お金の面で祖母や父の助けになる事もできず、話し相手になるのがやっとの情けない孫娘です。年だけは充分取っているのですが・・・。

大きな宿題を貰って帰ってきた、今回の小千谷への帰省でした。

雪と南天

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小千谷にて・その8

ともあれ、たった六日間の小千谷滞在ではありましたが、色々と考えるところもありました(日記の日付は実際とはズレております。ご容赦下さい)。

妹は二日遅れて小千谷に来たのですが、駅まで父親が迎えに行く間、わたしと祖母の二人きりでした。
「みんな・・・、男衆はドコ行ったんかねぇー? だぁれも居らんが・・・」
静かな家の中、祖母の時間は息子五人と棲んでいた数十年前に戻っているようです。それには敢えて触れずに、
「お父さん、マキちゃん迎えに行ったよー。マキちゃんも今日から泊まるからねー」
「マキちゃんて、オメェさんの子供か?」
「マキちゃんはわたしの“妹”だよー。ヨコハマから来るから。今日から泊まるからねー」
「へぇ、それじゃ、ジャガイモでも剥いて煮といてやろうかねー」

父は迎えに出る前、夕飯の準備を既にほぼ終えておりました。
呆けた祖母を台所に入らせたくない様子の父はかなりイライラが高じており、少しでも祖母が台所へ近づこうものなら、
「バァちゃん! 触らんでいいから! 座っとけ!」と、大きな声を出したり、それでも祖母がその辺りにいると小突いてしまったりもするのです。

「もう、準備出来てるんだよー。お父さん出かける前にゴハン炊いてったし」
わたしが云うと、祖母は
「そうかね、そんならいいけど」
しばらくはコタツで大人しくしているのですが、5分もしない内に立ち上がります。
「バァちゃん、お便所?」
「いや、晩御飯の用意しないと・・・。米研がねば」
「もう準備出来てるよー」

わたしは祖母の後ろをまるで雛鳥のように追いながら、炊飯器の蓋を開け、鍋の中身を見せ、夕食が既に用意されている事を示して見せます。目で見ると祖母も納得するのです。
「そうかね。そんならいいけど・・・」
「寒いから、コタツにあたっていよー」

そしてまた5分後、祖母は壁の時計を見上げて、
「もう、こげな時間だ。晩御飯の支度せんと・・・」
と云って立ち上がります。その場で引き止めた所で聞き入れませんので、
「もう準備できてるよー。ゴハンも炊けてるしー、煮物もチンすればいいようになってるしー」

結局妹が到着するまでの約2時間余り、5分おきに台所と居間を二人でイッタリキタリしておりました。

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小千谷にて・その7

冬のオヂヤ

♪ちゃちゃらちゃんちゃちゃんちゃ、んちゃんちゃ~ん・・・
ピアノのイントロ&ハングル語の歌詞が聞こえてきそうですが(笑)。
妹を連れて、近所の船岡公園に行きました。小学生の頃、夏祭りで浴衣を着せてもらい『肝試し』に参加した思い出があります。わたしが一人でどんどん暗い方へ行くもので、近所のおばさんが「まぁー、都会の子の方が怖がらんもんだねぇー」と云ったのを憶えています(おお、丁度四半世紀前の記憶だ!)。

雪の船岡公園1

春は桜、夏は花火の見える高台を持つ公園は美しく雪を戴いておりました。が、残念ながらそこへは上がる事の出来ない状態でした。

雪の船岡公園2

無情にも、大きな石造りの入り口の脇に『土砂くずれの危険あり 立ち入り禁止』とありました。この石門、写っていない方は地震の揺れにより、中程が大きく欠けておりました。

船岡公園正門

わたしの大好きなパイロンの、今年はこういう使われ方が少しでも減ってくれると良いのですが・・・。

倒れた看板1

倒れた看板2

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小千谷にて・その6

冬の小千谷に来たのも、実は初めて。生まれて初めての『雪掻き』に挑戦致しました!

初めての雪掻き!

リアル笠地蔵(爆)、似合ってますぅ~?
ナニヤラ歯を食いしばっておりますが、イヤ~雪の重たかったこと! ウソのような重さ。思わず笑っちゃいました。これっぽっちの雪に見えて、体重をかけて動かそうとしても、ちーっとも前に進んでくれないのです~。
ちなみにこの道具、『ダンプ』というそうです。

よいしょ

こらしょ

どっこいしょ!

この雪を、各家庭の前にある溝に入れ、溶かして流すわけであります。ただ入れただけでは詰まって流れてくれませんので、スコップでがっこんがっこん流れに押し込んで・・・るのに、重過ぎて押し込めないっ! 長靴の中でつま先はジンジン冷えてくるし・・・。とにかくやってみるまでこの大変さはわかりませんでした。

笠地蔵・俯瞰w

しづこ33歳、まだまだ体験していない事だらけです~!

父とわたし

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小千谷にて・その5

暮れのレコード大賞でのEXILEのパフォーマンスを見て、

「まぁ~、バカみたいに踊ってらあねぇ!」

BoAちゃんの凝った編み込みを見て、

「似合わない頭(髪型)らねぇー」

わたしの歌集のタイトルを見て、

「『恋する肉体』・・・。オメェさん、恋してるらか!」

以上、米寿のバァちゃんによる“ツッコミ三連発”でした! スタジオさん、お返ししまぁ~す(笑)♪

バァちゃんと一緒♪

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小千谷にて・その4

肉とわたし

叔父が新潟・十日町で焼肉屋を営んでおります。
「親戚が焼肉屋さんでさぁ・・・」と、云うと、「ウラヤマシイ~!」と、友人は口を揃えますが、実は今回が生まれてまだ2度目の訪問(笑)。

ごはんと肉とわたし

もぉ、お肉もお酒もお米もとっにっかっくっ、ウマー!!! 普段では考えられないような厚さ(だってさ、いつもはリーズナブルなお店にしか行けないからさ・・・。みんなビンボが悪いンや!)のカルビやらロースやらハツやらにマミレて至福の時を過ごしました~(ウットリ)♪ 

あ~ん♪

特に 「タン下(たんした)」というタン(舌)と咽喉の間のお肉は絶品! 初めての食感でした~。あ、「タン下」とは叔父の命名なので、普通の焼肉屋さんで「たんした下さいっ!」と云っても出てこないと思います(笑)。なんでも一頭で買うからこその部位なのだそうです。

タンシタぁ~♪

「いや~、しづこがこんなに呑めるとはなぁ~!」
叔父はわたしの日本酒好きが嬉しかったらしく、次から次へと味見をさせてくれました。
お酒も信じられないような安さで出していました。叔父に、
「これ、東京のちょっとコジャレたお店なら1200円とかしちゃうんですよ~!」と伝えたら笑っておりました。
なんでも地元の人は、こちらで貴重とされている「久保田」や「八海山」より「朝日山」の方がおいしいって云うんですって!

バァちゃんと冷やとわたし♪

そんなこんなで帰り際、叔父からお土産に久保田「百壽」の一升瓶を頂いてしまいました! 割れるのが心配だったので、送らずに横浜まで鞄に入れて大事に抱えて帰ってきましたよ~♪ 

みなさま、お近くにお立ち寄りの際は焼肉『かしわ』で「タン下」を! ゼヒ!

十日町駅前通り・焼肉『かしわ』にて

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小千谷にて・その3

大正5年9月2日生まれの乙女座♪ 88歳の祖母は・・・、いえ、バァちゃん(ここからは呼んでた通り“バァちゃん”に変えます)は、わたしを見て「オメェさん、ヤスオの嫁か?」
「イヤだぁ、バァちゃん(笑)! わたしは、しーづーこー! ヤスオのむーすーめ! ヨコハマから来たんだよー!」
ちょっと大きめの声で、ゆっくり、ハッキリ話し掛けます。残念ながら夏に会った時よりも、もっとワケわかんなくなっちゃっていました。

わたしは、持参した本を取り出して、
「バァちゃん、これ、わたしが書いた本! バァちゃんに持ってきたよ!」
「・・・オメェさんがこれ書いたかね! まぁ~、すごいねぇー。頭がイイんらねぇ」と祖母。そしてまじまじ表紙を見て、
「オメェさん、“川上史津子”って名前らか? オレも“川上”だ!」

もう、こうなったら歎いても、悲しんでも仕方ありません。

「そりゃそうだよ~(爆笑)! バァちゃん、ヤスオ居るでしょう? 今バァちゃんと一緒に住んでる。ヤスオの長女が、わーたーし! バァちゃんの孫だからオンナジ“川上”だよ!」
「まあ、そうかね~。どっから来たかね~?」
「横浜から来たよー」
「横浜かね~? 横浜はオレの子供も・・・ヤスオも横浜におるがね~」
「そうそう、ヤスオは今、バァちゃんと住んでるでしょ~? わたしはヤスオの娘だから、横浜から来たの~(つられてわたしも意味不明? になりつつある)。・・・ね、この本ねぇ、わたしが書いたんだよ~」
するとバァちゃん、あたかも今、初めて目にしたかのように、
「これ、オメェさんが書いたかね! まぁ~、アタマがイイんらねぇ~。そうかね~? てぇーしたもんらねぇー!」

コタツに入ってお茶を飲みながら、バァちゃんは話し続けます。

「オレも子供の頃は、学校じゃ二番から下がった事は無かったでねぇ。一番は、お嬢さまで家の手伝いなんかせんで、勉強だけしてれば良かった子らったけど、オレは父親が『勉強なんかせんでええ! 手伝いしろ!』て、へぇ畳屋だったから、畳のヘリを縫わされたり・・・。まぁー、それでも一番か二番から下がった事は無かったでねぇー」
「そうなんだー。バァちゃん、勉強出来たんだねぇー」
「出来たなんてのとは、はぁ、アレだけども、まぁずニ番っから下がった事は無かったねぇー。一番は、大きいお家のお嬢さまで家の手伝いなんかせんで、勉強だけしてれば良かった子でねぇ、オレはへぇ・・・」
決して“手抜き”ぢゃありません(笑)。まさにデジャ・ビュ。映画「メメント」のリアル版(観てないけど)です。

唐の詩人、白楽天は「憐れむべし八九十 歯堕ちて双眸昏(くら)し」とうたいましたが、どうしてどうして、頼もしきかな我がバァちゃん! なんと眼鏡ナシでわたしの本の帯を読んでいきます。

「『えろていくでアマくてニガいみそひともじとこいものがたり・・・』これ、オメェさん書いたかね~! はぁ~、てぇしたもんらね~! 二冊も書いたかね~」と、しばらく大絶賛を繰り返した後(仕事で自信を失ったら、バァちゃんに会いに来ようと心に決めました!)ふと、
「『えろきゅん』て、どういう意味ら?」
「え、え~っと・・・(ゴニョゴニョ)。あ! 『イロっぽく』って『切ない』って意味!」

これにはサスガのわたしも照れました~!

『えろきゅん(本文)』を読む祖母w

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小千谷にて・その2

小千谷に近づくにつれ、道がどんどん悪くなっていきます。路面はひび割れ、所々陥没したままの所も多く見られました。
「これでもダイブ良くなったんだよ」と、父。そして、「おねえちゃん、あれ判るか? 電信柱?」父が前方を示します。
「・・・?」妙な違和感がありました。ナニかがオカシイ。
「あっ! 傾いてる!」幅広の真っ直ぐな道路の両脇の電信柱が、ある区間全て道路の内側に向ってカシイデいるのです。自分の並行感覚が狂ったような気がしました。

調査済祖母の家の程近く、崖際に建っていた家々には「危険」の赤い張り紙が・・・。壁には縦横に亀裂が走り、トタンはめくれ、見るも無残な壊れ方でした。雪の降る中、解体作業を進めているお宅もありました。「要注意」は黄色い張り紙、「調査済」は緑です(写真は川上家の緑の張り紙)。

家に着きました。まずは仏壇に向い、祖父に挨拶です。祖母は「お線香あげてくれるの・・・。まぁまぁアリガトねぇー」とまた涙ぐんでいます。
家屋そのものの様子は内も外も、一見全く以前と変わりなく見えたのですが、玄関先のコンクリートの亀裂や、壁のあちこちに入ったひび、お風呂場のタイルがめくれあがったのを修理した様子を父から示されました。それでも、先程見たばかりのご近所の様子に比べれば、これだけの被害で済んだ事が奇跡のように思えました。

地震が起きたときの様子はこちらに書いたのですが、その倒れた食器棚は前面のガラスが飛び散り、以来ガラスは入れずそのままに。棚に食器が重ねてあるだけになっていました。父はとにかく、割れた食器の破片で怪我をしないようにしながら、祖母の居た居間に辿りつくのが大変だったそうです。見ればホンの数メートルも無い距離なのですが・・・。

その晩、三人で夕食の膳を囲んでいたところ、「ズズズ・・・」とも「ゴゴォー」ともつかぬ音・・・、地鳴り? そして電気のカサが揺れ始め・・・地震です! わたしと父は玄関や窓を開けに飛び出しました。小千谷に着いたその日に地震とは、流石にヒヤリとしました。TVもすぐに県民へ注意を呼び掛ける番組に切り替わり、この日全面開通再開したばかりの上越新幹線も、また運転を見合わせる事になりました。震度3。幸いこの揺れによる新たな被害は無かった模様です・・・。

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小千谷にて・その1

新潟に来ました。

万代橋から1

上越新幹線が全線運転再開する前日の午後に家を出ました。越後湯沢―長岡間は代行輸送のバスに乗り、再度長岡からJR新潟駅まで。通常の倍以上の時間がぁ~! 東京―新潟2時間強で着くところが、代行バスだけで1時間45分かかりました。
♪びゅわ~ん びゅわ~ん はっしっる~ 青いひかりの超特急 時速250キロ~♪ という新幹線の唄がありましたが、不便を実感し、改めて技術の進歩に感謝の念を抱きました。

その晩は新潟市内在住の友人オススメの和食屋さんへ案内してもらいました。『景虎』という日本酒の美味しかったこと・・・。

万代橋から2

翌朝、在来線で1時間かけて長岡へ。まだあまり雪はありません。
小千谷の実家で祖母の面倒を見ている父が、長岡駅まで車で迎えに来てくれました。祖母も一緒です。後部座席にちょこんと乗っておりました。祖母とは、この夏に叔父の葬儀で会って以来でしたが、顔の色つやが良く安心しました。
祖母はわたしの顔を見るなり「まぁまぁ、良く来たねぇ」と嬉し涙にくれたのですが、わたしが“誰であるか”は認識できない様子でした(その辺りは追々書いていきます)。
その足で長岡の叔母の家に挨拶に寄ってから小千谷へと向いました。

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