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小千谷にて・その3

大正5年9月2日生まれの乙女座♪ 88歳の祖母は・・・、いえ、バァちゃん(ここからは呼んでた通り“バァちゃん”に変えます)は、わたしを見て「オメェさん、ヤスオの嫁か?」
「イヤだぁ、バァちゃん(笑)! わたしは、しーづーこー! ヤスオのむーすーめ! ヨコハマから来たんだよー!」
ちょっと大きめの声で、ゆっくり、ハッキリ話し掛けます。残念ながら夏に会った時よりも、もっとワケわかんなくなっちゃっていました。

わたしは、持参した本を取り出して、
「バァちゃん、これ、わたしが書いた本! バァちゃんに持ってきたよ!」
「・・・オメェさんがこれ書いたかね! まぁ~、すごいねぇー。頭がイイんらねぇ」と祖母。そしてまじまじ表紙を見て、
「オメェさん、“川上史津子”って名前らか? オレも“川上”だ!」

もう、こうなったら歎いても、悲しんでも仕方ありません。

「そりゃそうだよ~(爆笑)! バァちゃん、ヤスオ居るでしょう? 今バァちゃんと一緒に住んでる。ヤスオの長女が、わーたーし! バァちゃんの孫だからオンナジ“川上”だよ!」
「まあ、そうかね~。どっから来たかね~?」
「横浜から来たよー」
「横浜かね~? 横浜はオレの子供も・・・ヤスオも横浜におるがね~」
「そうそう、ヤスオは今、バァちゃんと住んでるでしょ~? わたしはヤスオの娘だから、横浜から来たの~(つられてわたしも意味不明? になりつつある)。・・・ね、この本ねぇ、わたしが書いたんだよ~」
するとバァちゃん、あたかも今、初めて目にしたかのように、
「これ、オメェさんが書いたかね! まぁ~、アタマがイイんらねぇ~。そうかね~? てぇーしたもんらねぇー!」

コタツに入ってお茶を飲みながら、バァちゃんは話し続けます。

「オレも子供の頃は、学校じゃ二番から下がった事は無かったでねぇ。一番は、お嬢さまで家の手伝いなんかせんで、勉強だけしてれば良かった子らったけど、オレは父親が『勉強なんかせんでええ! 手伝いしろ!』て、へぇ畳屋だったから、畳のヘリを縫わされたり・・・。まぁー、それでも一番か二番から下がった事は無かったでねぇー」
「そうなんだー。バァちゃん、勉強出来たんだねぇー」
「出来たなんてのとは、はぁ、アレだけども、まぁずニ番っから下がった事は無かったねぇー。一番は、大きいお家のお嬢さまで家の手伝いなんかせんで、勉強だけしてれば良かった子でねぇ、オレはへぇ・・・」
決して“手抜き”ぢゃありません(笑)。まさにデジャ・ビュ。映画「メメント」のリアル版(観てないけど)です。

唐の詩人、白楽天は「憐れむべし八九十 歯堕ちて双眸昏(くら)し」とうたいましたが、どうしてどうして、頼もしきかな我がバァちゃん! なんと眼鏡ナシでわたしの本の帯を読んでいきます。

「『えろていくでアマくてニガいみそひともじとこいものがたり・・・』これ、オメェさん書いたかね~! はぁ~、てぇしたもんらね~! 二冊も書いたかね~」と、しばらく大絶賛を繰り返した後(仕事で自信を失ったら、バァちゃんに会いに来ようと心に決めました!)ふと、
「『えろきゅん』て、どういう意味ら?」
「え、え~っと・・・(ゴニョゴニョ)。あ! 『イロっぽく』って『切ない』って意味!」

これにはサスガのわたしも照れました~!

『えろきゅん(本文)』を読む祖母w

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